貴州省は醗酵鍋天国だ。米のとぎ汁、トマト、わらび、小魚、大豆、唐辛子など、野菜も肉も豆も魚も、ときには残った食材も醗酵させ、それらを鍋料理のもととする。

2019年の夏、貴州のご当地鍋を巡るツアー「ニューヒナベパラダイス」を開催したのも、これらが日本人の鍋の概念を上書きするインパクトがあると思ったから。中国広しといえども、鍋にときめきっぱなしという地域はそうそうない。

そんな貴州の鍋を食べるとき、なくてはならないものがある。蘸水(zhàn shuǐ|ジャンシュイ)だ。

貴州で鍋料理の店に行くと、頼んでないのに人数分問答無用で出てくる小皿がそれ。上の円卓は、蕨を発酵させた鍋・腌湯(アンタン)の専門店だが、テーブルの左上や右のほうにまとまっている小皿が見えるだろう。そう、これが蘸水(ジャンシュイ)と呼ばれるつけだれだ。

その中身は、生の赤唐辛子、ドクダミの根、小ネギ、白ネギ、焙煎唐辛子など。器の底にはさらにいろんな調味料も入っており、これが貴州料理において複雑多彩な風味を醸し出している。

蘸水=調味料+香味野菜+ハーブ+豆&肉類+鍋スープ

蘸水の材料は多岐にわたるが、分解すると以下の3つの要素に分けられる。

①調味料、唐辛子、ベーシックな香味野菜
②ハーブ、豆類、肉類などの貴州的な薬味
③鍋のスープ

それぞれどんなものが入っているのか、さっそく紹介していこう。

①調味料、唐辛子、ベーシックな香味野菜

まず蘸水のベースにとなるものがこれだ。具体的には、塩、香油、醤油、黒酢、赤唐辛子の加工品、花椒面(花椒の粉)、生姜のみじん切り、にんにくのすりおろし、葱のみじん切り、味精など。このすべてが入るというわけではないが、数種類は必ずどのつけだれにも入っている。

なかでも貴州人が愛する風味が、さまざまに加工された赤唐辛子だ。香ばしく焙煎した煳辣椒(フーラージャオ)、食べる辣油的な油辣椒(ヨウラージャオ)、紅油(辣油)、発酵させた糟辣椒(ザオラージャオ)をはじめ、いろんな状態のものがあるが、蘸水によく使われるのは煳辣椒を砕いて粉状にした煳辣椒面(フーラージャオミィェン)

貴州の市場の専門店にいくと、ところどころ焦げた赤黒いものや、軽い焙煎のものなどが売られているのを見ることができる。唐辛子はしっかり焙煎したものほど色が黒く、辛くなるので、選ぶ際は見た目も重要な判断基準だ。

胡も煳もhúと発音するため、ここでは胡と記されている。同音のため、糊と書かれていることもある。

ケースに書いてある「手工柴火胡辣椒」とは、小枝を燃やして炙った手作りの煳辣椒という意味。「柴火」はよく見る煳辣椒の売り文句のひとつで、この焙煎香を貴州人はこよなく愛している。

左の黄色い看板にある「正宗遵义柴火煳辣椒」とは、遵義産の唐辛子を使った伝統的な焙煎唐辛子という意味だ。遵義は中国最大級の唐辛子市場があり、産地としても名高い場所。「一口食べたら忘れられない」などと書いてある。

ここでは中辛、激辛、ピリ辛など書いてあるが、一番わかりやすいのは色と香りを確認すること。粗挽きから細挽きまでいろいろ選ぶことができる。

②ハーブ、豆類、肉類などの貴州的な薬味

続いて「これぞ貴州!」という味わいを描き出すのがこのポジションの薬味群。ドクダミの根、炙り青唐辛子、炙りトマト、野蒜、香菜、ミント、木姜油、揚げた大豆や落花生、腐乳、大豆を発酵させた水豆豉、豚肉をラードでカリッカリに揚げたスナッキーな脆哨(ツイシャオ|脆臊とも)など。

それぞれ風味も食感も個性的で、これらは貴州の鍋の影の主役だ。

まず、ドクダミの根(貴州の言葉で折耳根)は貴州料理と切っても切れない必需品。これが入ると一気に清涼感アップする。コリッと密度の高さを感じる食感で、つけだれにするには硬いところを取り除き、生のまま刻んで使うのが一般的。

市場に行くと、キレイに掘り出されたもっさもさの状態でおいてあるので、いかにニーズがあるかがわかると思う(上の写真の真ん中のもさもさがドクダミの根)。

フレッシュな青唐辛子もまた、つけだれにもなり、和えもの、炒めものなどにもなる貴州人の常備食材だ。

炭火で炙った唐辛子やトマト、ナスもつけだれや和えものになる。焙煎香は貴州料理の重要な要素だ。

こちらは大量のラードで、角切りにした豚肉を水分が抜けるまで揚げ切った脆哨(ツイシャオ)。

「五花肉」は豚バラ肉、「絲絲」は長細い形のもの。日本にも「油かす」があるが、貴州では下味の有無があったり、部位が選べたり、形がいくつかあったりとバリエーションがある。

これを砕いて火鍋のつけだれにすると、揚げ豚の香ばしい香りが口に広がり、一気にわかりやすいうまみが加わる。私が好きなのは、このままおつまみやおやつとして食べたり、炒飯のトッピングにする食べ方。

③鍋のスープで画竜点睛

最後に鍋のスープだが、これは自分自身で加える。材料が入った蘸水の小皿には、薬味や調味料が入っているだけでなので、そこにスープを大さじ1~2杯ほど加えて全体を混ぜ合わせ、ちょうどいいテクスチャーに整えるのだ。

熱々のスープを入れると、つけだれのハーブや調味料の香りがたってきて、より一層食欲をそそる仕上がりに。

鍋の個性をより引き立たせるつけだれのチョイス

さらに貴州の鍋がユニークなのは、1つの鍋に1つの蘸水…とまでは言わなくても、それに近いバリエーションがあることだ。

例えば、発酵トマトをベースにした紅酸湯(ホンスァンタン)であれば、調味料、唐辛子、ベーシックな香味野菜に加え、ドクダミの根やミント、レモングラスの風味を持つ木姜油(ムージャンヨウ)など、発酵トマトの爽やかさを増幅させる食材が入ることが多い。

紅酸湯。鍋のどまん中につけだれをセットする専用器具がある。

レッドキドニーを豚骨スープで煮た、まろかなコクと旨みのある豆米火鍋(ドウミーフゥオグゥオ)の蘸水なら、香ばしいアクセントを加える煳辣椒に揚げた大豆、ドクダミの根、小ネギなどがセットされたものが登場。

貴州料理の豆米火鍋。
豆米火鍋。貴州料理にしては珍しく辛くない火鍋。
豆米火鍋のつけだれ。
豆米火鍋のつけだれのもと。ここに鍋汁を入れて蘸水が完成する。

続いてこちらの鍋は酸湯牛肉火鍋(スァンタンニュウロウフォグゥオ)。発酵させた米のとぎ汁をベースにした白酸(米酸)で、地元名産の小黄牛を煮ていただく、貴州東南部の名物だ。

白酸は、味があるようでないような、ほのかでやさしい米の酸味が特徴。箸でしゃぶしゃぶしているのは、牛の睾丸だ。火を通すとしゅわーっと縮む。そこにつける蘸水はというと…

油辣椒、煳辣椒、焼いて潰した青唐辛子、青ネギなど、唐辛子メインの布陣。別皿には唐辛子入りの腐乳がセットされていて、刺激と旨みの両方からどうぞ、というスタイルだ。

また、牛の第一胃袋(ミノ)の中で半分消化した草を鍋のスープにした牛瘪(ニウビエ)にも、ちゃんと蘸水がセットされていた。

布陣は煳辣椒、叩き潰したにんにく、香菜、小ネギなど。鍋スープそのものは青臭く苦味があり、それ単独でもインパクトのある風味だが、そこに辛みと香ばしさを合わせた蘸水をつけるのが貴州的センスだ。

このように、鍋によって蘸水の配合はさまざまに変わる。しかし例外もあって、濃厚な味わいの鍋に蘸水はつかないことが多いようだ。

例えば豆豉火鍋の場合、さらりとした鍋スープの場合は蘸水がつくが、そのメッカである貴州西部に行くほどどろりとして濃い鍋汁となり、蘸水はつかなくなる。

また、同じ貴州西部・六龍鎮の名物で、軽く乾かして発酵させた豆腐「豆干」を煮込む豆干火鍋も、濃厚な鍋のスープであり、蘸水はなかった。

発酵させた豆腐を唐辛子風味スープで煮る豆干火鍋。黔西名物。おいしかったなあ。

この2つの鍋は、どちらも貴州で「飯遭殃 (メシがやられるぞ)」と言われる存在。煮詰まった汁を白米にかけて食べるのが至福…という類のものなので、つけだれはいらないと考えるのが自然だろう。また、ざっくり分けると西は濃厚で、東は淡く酸味のある鍋が多いので、東の鍋につけだれが多いともいえる。

一方、鍋料理でなくとも、あっさりとしたスープ煮などには蘸水がつくことが多いようだ。こちらは貴州省東南部・季刀村の前村長の家にて御馳走になった一品。あっさりとした豆のスープ煮の真ん中に、蘸水の皿が浮かんていた。

なぜ貴州では個性的なつけだれが発展したのか

しかし、なぜ貴州にはこれほど個性的な蘸水が発達したのだろうか。推測ではあるが、先に醗酵文化が育っていたからではないかと思う。

貴州の東南部で、水族や苗族のお母さんたちに醗酵の技術が根づいた理由を尋ねてみると、歴史的に塩がとれない土地だったため、醗酵でうまみを出そうとしたという話はよく聞く。のちに塩が手に入るようになってからは、蕨やトマトなど、塩と発酵を合わせて、旬の作物をより長く保存しようとする意図もあったろう。

また、貴州東南部には、余った食材を捨てるのがもったいないので、壺に入れて醗酵させて作った臭酸(チョウスゥァン)という“味のもと”もある。いずれにせよ、家庭の台所を預かる「今ここにある食材を無駄にせず、どうしたらおいしいごはんが食べ続けられるか」というお母さんたちのテーマが、今の貴州の食文化に繋がっている。

こうした醗酵文化があるところに、唐辛子やハーブという少量でインパクトのある食材が、食欲を刺激する起爆剤として受け入れられたのではないだろうか。

貴州省は広東省のように、鳥類、豚、牛や水牛、さらに四つ足動物がよりどりみどりで、複数の肉とハムを入れてリッチなスープをとるような食文化が育つ土地ではない。だからこそ、醗酵と薬味の掛け合わせて、その土地ならではのおいしさを追求したのではないだろうか。

凯里市内に本店を構える紅酸湯の有名店にて。スープは見た目の通り、あっさりとした風味だ。

知人で、貴州料理本を数多く執筆している呉茂釗先生は「卒業論文のテーマは蘸水だった」と話してくれたことがある。聞いたときは「つけだれが論文に?」と驚いたが、貴州の風土や歴史に改めて思いを馳せると、この小さな皿の中には、貴州料理のエッセンスが詰まっている。

2019年6月発売『中國紀行CKRM Vol.16 貴州 山岳民族の文化と発酵』p34~35で貴州の鍋のつけだれについて、p44~45で呉茂釗先生について詳しく紹介しています。

サトタカ(佐藤貴子)

食と旅を中心としたコンテンツ企画、編集、執筆、監修、コーディネートなどを手掛ける。10代でフランス菓子の再現にハマり、20代後半で中華食材の多様性にハマり、30代で中国郷土料理の沼にハマる。中華がわかるウェブマガジン『80C(ハオチー)』ディレクター。中華圏を胃袋目線で旅する『ROUNDTABLE』主宰(当サイト)。東洋医学を胃袋で学ぶ『古月漢満堂』企画など。