2019年に開催した貴州省火鍋ツアー「ニューヒナベパラダイス」。この訪問店で、ロケハンはしていなかったものの、直前で食べに行くことを決めた火鍋がある。灰豆腐火鍋(huīdòufǔhuǒguō)だ。

その火鍋は、真っ赤なスープに、角丸の小さな豆腐プカプカ浮かんだ辛そうで愛らしいビジュアル。口にすると、やや酸味のあるスープはピリリと辛くコクがあり、歯ごたえのある豚の大腸がよく合う。

なにより、主役の灰豆腐のこれまでに食べたことのない風味に惹かれた。

噛むと、厚揚げとも油揚げとも異なる独特の弾力があり、ほのかにスモーキーな香りが後を引く。いったいどうやって作られるのだろう。

灰豆腐は“茶海”の異名をとる湄潭名物

私が初めて灰豆腐を食べたのは、貴州省東南部にある都匀市だ。しかし、「灰豆腐で有名なのは遵義よ」と、東京・新小岩の貴州料理店で、遵義出身の「貴州火鍋」のオーナーの林さんはいう。

そこで林さんが帰省しているタイミングで、産地に連れていってもらうことにした。場所は遵義市の中心地から車で小一時間ほど走った湄潭県(méitán)である。

湄潭といえば、中国きっての茶の産地であり、「茶海」の異名をとる場所でもある。

車を降りて、目に飛び込んだのは冠雪した山の斜面。表面に、茶畑の段々模様がうっすらと見えたときはその言葉に納得した。

「冬の遵義はすごく寒いの。盆地だから湿気があって、湿気が冷えて骨身にしみる。まるで京都の冬みたい」

そう林さんが言う通り、この時期の底冷えはすさまじい。私もズボンを3枚重ねにしたのは人生初のこと。前日には雪も降っていたようで、訪れた日になんと灰豆腐工房は休業。

しかし、がっかりすることはなかった。老板(社長)がやってきて、製造工程や食べ方を我々に教えてくれるという。

酸湯で固め、灰で火入れ。灰豆腐の独特の製法とは?

スマホの画像で一通り説明をしてくれたあと、老板が袋を開けて見せてくれたのは、まさに灰まみれの豆腐だった。

写真では一見カビのように見えるが、この灰こそが味と食感の決め手。

できたてほやほやの豆腐を切り分け、まだ温かいうちに灰の中に入れて20分ほど混ぜ合わせることで、灰の熱よって豆腐が膨らみ、中が海綿状になるという。

また、茶の産地だけあって、チャノキの灰を用いるのも興味深い。ときには蕎麦の茎の灰を使うこともあるのだとか。いずれにせよ、標高の高い、冷涼エリアならではといえる。

さらにユニークなのは、豆腐の凝固剤に酸湯(発酵汁)を使う点だ。

貴州の酸湯は、米をはじめさまざまな材料で作られているが、ここで使うのは、大豆を煮た汁を発酵させたもの。非常に無駄がない。

煮てよし、揚げてよし、灰豆腐の多彩な食べ方

この日は先方の計らいで、「灰豆腐をいろんな食べ方で少しずつ味わってみて」ということで、鍋料理、スープ、炒め煮、揚げものの4品を用意していただいた。

調理前にぬるま湯で灰を丁寧に落とす。

最初に登場したのは、店の看板にもなっている刨锅汤(páoguōtāng|刨鍋湯)。中国西南地方の農村の年越し料理にルーツを持つ鍋だ。

もともとは豚を絞めたときに作るものなので、料理に欠かせないのは新鮮な豚の血と豚肉。煮込む前の豚の血は、艶やかで鮮烈な赤がまぶしいほど。日本で流通している加熱済のものとはまったく別物といっていい。

味つけのベースは、辛味、旨味、酸味を合わせ持つ貴州の万能調味料・糟辣椒(刻み発酵唐辛子)。

ぷるっぷるのまま鍋へ滑り落ち、熱でふるりと固まった豚の血は、クセも臭みもなく心地よい滑らかさ。

スープを吸った灰豆腐からは、噛むとジュッ、ジュッと口の中に汁が溢れて二度おいしい。

続いてのスープ料理は、豆苗、豚の血、灰豆腐を、清湯(クリアなスープ)で煮込んだもの。さっぱりとしてクリアな味わいは、食卓の癒やしポジションだ。

やはり鍋料理もスープも、灰豆腐はしっかり汁を吸わせてこそ。気泡の中に汁が入り、豆腐にもしっかり染みたくらいがベストな食べ頃である。

炒め煮は、唐辛子を発酵させた泡椒(パオジャオ)と中国セロリを炒め合わせた品だ。

発酵唐辛子の酸味と辛味、セロリの爽やかさがアクセントとなり、しっかりとした塩気が白米を呼ぶ。

揚げものはおつまみにうってつけ。灰豆腐そのものに弾力があるため、揚げるとやや硬い印象もあるが、海綿状になった食感を楽しむにはいい趣向。

唐辛子をベースにした焼烤(シャオカオ:中華BBQ)の調味料をつけて味わった。

一緒に食事をしてくれた林さんも、「灰豆腐火鍋、日本でやったら人気でるかな?」と興味津々。

スープがおいしければ必ずおいしくなるし、日本で味わえる豆腐料理のバリエーションを増やす、という観点でもおもしろいと思う。

灰の中から生まれる美味。

実は、この灰豆腐の製造プロセスを聞いて思い出していたのが、長野県の伝統食・灰焼きお焼きだ。

20代後半の頃、旅行雑誌の取材で長野県生坂村を訪れたとき、「レストハウスわらく」で初めて食べた木灰お焼きのおいしかったこと…!

灰の中で香ばしく焼けたカサカサの質感や、灰まみれなのに不思議と汚さを感じないその佇まい、灰が生み出す独特の風味に、私は大いに感動した。当時感動しすぎて、追って30個を取り寄せ、冷凍して毎日灰焼きお焼きを食べていたほどだ。

もしかすると、この灰豆腐と初めて出会ったとき、あの時の感動センサーが呼び覚まされたのかもしれない。

ちなみに老板曰く「もともと貴州人は明(1368~1644年)の時代に江西省から来た人が多く、今、うちの灰豆腐は江西省でよく売れているんだ」とか。

灰焼きお焼きは今ではほぼ作られなくなってしまったが、灰豆腐は生産・消費の両面ともにまだまだ大丈夫そうである。

サトタカ(佐藤貴子)

サトタカ(佐藤貴子)

食と旅を中心としたコンテンツ企画、編集、執筆、監修、コーディネートなどを手掛ける。10代でフランス菓子の再現にハマり、20代後半で中華食材の多様性にハマり、30代で中国郷土料理の沼にハマる。中華がわかるウェブマガジン『80C(ハオチー)』ディレクター。中華圏を胃袋目線で旅する『ROUNDTABLE』主宰(当サイト)。東洋医学を胃袋で学ぶ『古月漢満堂』企画など。