豆豉(とうち|dòu chǐ)は、中華食材のなかでも有名な調味料のひとつだ。黒大豆を麹や酵母で発酵させた発酵食品で、塩味、旨み、香りがしっかり。四川料理の麻婆豆腐や、飲茶の定番・スペアリブの豆豉蒸しなどに使われる。

写真は広東省の陽光豆豉(阳光豆豉)。少々の酸味と、深いコクを感じさせる香り。四川省の永川豆豉は一般的にこれより大粒となる。
写真は広東省の陽光豆豉(阳光豆豉)。少々の酸味と、深いコクを感じさせる香り。四川省の永川豆豉は一般的にこれより大粒となる。

しかし、貴州省で豆豉と呼んでいるものは、これとはまったく風味が異なる。端的に言うと、匂いの強い干し納豆だ。

原料は薄緑色をした小粒大豆。これを加熱し、シャガやアイリスの葉に似た豆豉叶(とうちの葉)と呼ばれる葉で包み、葉の常在菌で納豆を作ってから、半乾燥させたものを豆豉(干豆豉)という。

日本の納豆と異なるのは、糸を引かない、粘らない。納豆で有名な土地で育った私は、これを知ったとき、調理欲がムラムラと沸いてきて、俄然楽しくなってしまった。

貴州の干豆豉。ものによって色や粒の形に違いはあるが、おおむねこんな感じで納豆臭を放っている。
貴州の干豆豉(ガンドウチ。貴州弁でガンドウス)。ものによって色や粒の形に違いはあるが、おおむねこんな感じで納豆臭を放っている。

粘らないから食べられる? 納豆嫌いにおすすめしたい豆豉火鍋

そんな貴州の豆豉は、鍋料理にするのが定番の食べ方だ。作り方は超簡単。水で戻した豆豉と、唐辛子を加工した糍粑辣椒(ツーバーラージャオ)を菜種油で炒め合わせて鍋底(鍋のもと)をつくり、スープで割るだけ。

ここに豚バラ肉やエノキ、豆もやしなどを入れれば、菜種油のコクと、唐辛子の香り、豆の旨みと具材とが一体になった豆豉火鍋ができあがる。

貴陽市内で何度か移転を重ねている「小两口豆豉油渣火鍋」の豆豉鍋。干豆豉を何種類かブレンドして作っており、さらりとしてコクがある。
貴陽市内で何度か移転を重ねている「小两口豆豉油渣火鍋」の豆豉鍋。干豆豉を何種類かブレンドして作っており、さらりとしてコクがある。

煮れば煮るほどその味わいは深くなり、コクが増す。そうなると手が伸びるのが白米だ。事実、この豆豉火鍋は発祥の貴州西部で「飯遭殃 (メシがやられるぞ)」の異名をとる。

日本では納豆は生食で食べるのが普通だし、それはそれで飯泥棒なのだが、貴州式は唐辛子の香ばしさと辛さに香味野菜のパンチも効いていて、さらに上をいっている。実はこの豆豉火鍋が、私が貴州へ興味を持つきっかけとなった。

貴陽市内「三天一味豆豉火鍋」の豆豉鍋。こちらは粒状になった干豆豉ではなく、棒状になった豆豉粑(ドウチバ)をメインで使っており、濃い。
こちらは粒状になった干豆豉ではなく、棒状になった豆豉粑(ドウチバ)をメインで使っており、濃い。

2018年の夏、民家やレストランを3か所ほど訪ね、豆豉火鍋ついてあれこれ教えていただいたが、作り方はそれぞれ。

これがもともとレストランの料理として広まったのではなく、家庭料理だったものが広まって、専門のレストランもできるようになったからかもしれない。

貴陽市内に数店舗を構える「三天一味豆豉火鍋」。ここの味は濃い目。青菜は取り放題!
貴陽市内では、仕事の合間の昼休みに豆豉火鍋を囲む姿も。青菜は取り放題!

貴州料理を訪ね歩くと、調理する人の感性から生まれた美味にあちこちで出合う。どれも決して凝ったものではない。簡単でおいしい。

だから「もしかしてこれは自分にも作れるんじゃないか?」という希望がわく。料理が好きな人は、きっと貴州料理も好きになるんじゃないかな。

青岩古鎮に住む、友人の高校時代の同級生の父上の以前勤めていた会社の同僚の奥様(遠い…!)に作り方を教わった。青岩古鎮は省都・貴陽市から日帰りできる距離。貴州四大古鎮のひとつとなっている。
青岩古鎮に住む、友人の高校時代の同級生の父上の以前勤めていた会社の同僚の奥様(遠い…!)に作り方を教わった。青岩古鎮は省都・貴陽市から日帰りできる距離。貴州四大古鎮のひとつとなっている。

2019年1月21日、2月20日の両日、高田馬場「甘露」で開催された試食付きトークショー「ニューヒナベパラダイスin貴州 スライドショー」で、貴州の豆豉火鍋について紹介しました。

貴陽市内の民生路市場では複数の店舗で干豆豉や豆豉粑を販売している。比較的スーパーよりも市場で販売していることが多いようだ。有名な産地は貴州省西方の大方県。

この記事の場所

貴州省畢節市

サトタカ(佐藤貴子)

サトタカ(佐藤貴子)

食と旅を中心としたコンテンツ企画、編集、執筆、監修、コーディネートなどを手掛ける。10代でフランス菓子の再現にハマり、20代後半で中華食材の多様性にハマり、30代で中国郷土料理の沼にハマる。中華がわかるウェブマガジン『80C(ハオチー)』ディレクター。中華圏を胃袋目線で旅する『ROUNDTABLE』主宰(当サイト)。東洋医学を胃袋で学ぶ『古月漢満堂』企画など。