屋外が気持ちいい季節になってきた。バーべキューもいいが、懐かしく思い出すのが貴州省のアウトドア臭豆腐だ。

臭豆腐(chòudòufǔ|チョウドウフ)というと、台湾の屋台を思い出す人もいるかもしれない。夜市をそぞろ歩くと、どこからともなく漂ってくる糞便的なあの香り。紹興酒で知られる紹興市にも臭豆腐ストリートがある。揚げたり焼いたりしたクリスピーなタイプより、煮込むタイプが臭うんだよなあ。

ところ変わって湖南省長沙では、コールタールのような真っ黒な液体に漬けた臭豆腐が有名だ。今では中国各都市の夜市の屋台でもちょくちょく見るようになった。

しかし、臭いにおいをまき散らすから臭豆腐というわけではない。貴州省で出合った臭豆腐は、ピュアな豆腐の香りを残した臭豆腐だった。

ジンギスカン風の鍋でアウトドア臭豆腐

場所は貴州省の北西部、大方県のほぼ中央に位置する六龍鎮。このエリアは小規模な豆腐の製造工場が点在しており、六龍豆干火鍋という豆製品の火鍋が有名。車を走らせ、ちょうど鎮の入口に差し掛かったところで、なんと路肩で豆腐を焼いている男性2人がいるじゃありませんか。

朝から焼き豆腐でぷはー。

車窓から見ると、おじさまたちはちょいちょい臭豆腐を焼きながら、中国独特の薄いビールでゆるりとおくつろぎの様子。これぞ地元の憩いの風景。や、うらやましい。これ、ぜひ体験したい。

さっそく車を降りて店のおかみさんに聞き込みを開始すると、焼いているのは「臭豆腐」だという。

作り方はシンプルで、木箱の中に藁を敷き、厚さ5~7mm、名刺の半分ほどの大きさの脱水した豆腐を入れるだけ。天候と発酵加減を見つつ、一週間ほど置いたらできあがりだ。藁は繰り返し使っているので、臭豆腐の菌がついているという。

1列に藁3本。臭豆腐はきれいに箱詰めされていた。
藁は何度か再利用する。冬場は火を入れて少し暖かくして置いておくのがコツのようだ。

「臭豆腐ってもっと臭くないんですか?」というこちらの質問に、おかみさんは「匂いが強すぎてはおいしくないでしょう」とひと言。なるほど、臭けりゃ臭いほどいいってわけじゃない。

そういえば、台湾や紹興の臭い臭豆腐は、臭水とか臭鹵水と呼ばれる発酵液体に豆腐を漬けて作られる。一方、大方県六龍鎮の臭豆腐は、腐乳になるだいぶ手前の状態に留めたものであり、作り方は異なる。

貴州省は豆豉といえば干し納豆だし、臭豆腐といえば半発酵豆腐になる。同じ名前の食材や料理でも、違う風味のモノになるのは広い中国大陸ではよくある話。それぞれの違いを知るのが楽しい。

さて、いいところを見つけたなあと思うと同時に、自分も焼きたくなるのが人の心というもの。先の2人のお仲間に入れてもらい、私たちも1包の豆腐を買って、5人で臭豆腐の卓を囲むことにした。

左はドライバーのお兄さん。

調理に使うのは、やや平べったいジンギスカン鍋のような鉄鍋…に見えて、実は土鍋と思われる。ここでは確認しそびれてしまったが、マサラが「織金の土で作られた土鍋が烙锅に最適。こだわってる店はそれ使ってるらしいよ」と教えてくれた。

その土鍋の上にたらりと菜種油を回したら、臭豆腐を並べて焼き上がりをじっと待つ。立ち上がる湯気。シュ~と焼ける音。曇天だが風もなく、実に長閑だ。

聞けば、先客のおじさま2人は地元がこの辺りだとのこと。その傍ら、臭豆腐は熱で肩を落とし、徐々にとろりと緩んだ表情を見せていく。

しぼしぼと皺が寄り、表皮が焼けたようになったらいよいよ食べごろ。手元の焼烤粉(唐辛子などのスパイスと塩などをブレンドした調味料)にちょいちょいと付けてパクリといった。

生のままの豆腐から一歩進んだ、こなれた香りが鼻に抜ける。豆腐の風味を残しながらも、少しだけ発酵に寄っている味がする。焼いた香ばしさも手伝って、シンプルでおいしいなあ。これは日本人もきっと好きな風味だと思う。

個人的には、漬け込みタイプの臭い臭豆腐より軽やかで好きだ。とろける食感は、鍋で焼いた臭豆腐ならでは。目に飛び込んだ景色に自ら飛び込み体験する、それもまた旅の醍醐味だ。

なんていうことのない道の一角に、臭豆腐とこの地方特産の味噌が売られていた。目印はこれだけ。

ちなみにこの場所は、2019年夏のツアー「ニューヒナベパラダイス in 貴州 TOUR2019 ― 味覚領域を拡大せよ!めくるめく発酵と火鍋の旅」に続く貴州ツアー「スパイス大作戦 in 貴州 2020|臭豆腐と納豆の罠」(仮)のロケハンで偶然見つけた。今はまだ行けそうにないが、いつか行けるその日まで。

この記事の場所

貴州省畢節市大方県六龍鎮

2020年2月に「スパイス大作戦 in 貴州 2020スライドショー|臭豆腐と納豆の罠/唐辛子が燃える時」と題して、この旅の一部始終をご紹介した貴州料理実食つきスライドショーを「貴州火鍋」で開催しました。

サトタカ(佐藤貴子)

食と旅を中心としたコンテンツ企画、編集、執筆、監修、コーディネートなどを手掛ける。10代でフランス菓子の再現にハマり、20代後半で中華食材の多様性にハマり、30代で中国郷土料理の沼にハマる。中華がわかるウェブマガジン『80C(ハオチー)』ディレクター。中華圏を胃袋目線で旅する『ROUNDTABLE』主宰(当サイト)。東洋医学を胃袋で学ぶ『古月漢満堂』企画など。