1年前のことが嘘のようだ。2019年までは「いつも中国にいるよね?」と言われるくらい中国によく足を運んでいた。しかし2020年1月6日に帰国して以来、ちょっと海外に行くなど夢のような話になってしまった。

もし今、中国に旅に出たとしても、新型コロナ以前とまったく同じような行動はできない。特にこの愛しい伝統的習慣はなくなってしまうのではないか…。そう思ったのが、苗族をはじめ貴州省の少数民族に伝わる酒文化「高山流水(Gāoshānliúshuǐ|こうざんりゅうすい)」だ。

郎徳
有名な苗寨のひとつ、郎徳の人々。

字面だけ見ると自然の景観を表すようなこの言葉は、読んで字の如く「高い山から水が流れる」動きが特徴。山から湧き出る清水のように、上の方からとくとくと流れてくる…。そう、酒だ。酒の流れ方、つまり酒の飲ませ方である。

その名前は、酒を注ぐときのフォーメーションに由来する。中国式のお銚子に、地元の酒をなみなみと注いで高く掲げ、そのちょっと下に同じく酒をたっぷり注いだ酒器を掲げ、さらにその下に酒器を掲げ…と、酒器を持った女性たちがずらりと並ぶのが基本形。

多いときは10数人が並び、最後の1人は客人の口元に盃を当て、酒器に満たされた酒をすべて口の中に注ぎ尽くす。動画だと一発でわかりやすいのでYouTubeを貼り付けておこう。

この儀式、もとい飲み会は目が合ったら最後、酒を飲むまでロックオンされる。

私が初めて体験したのは黔東南の小花苗族の小村。自ら企画したツアーでのことだが、それは突如始まった。酒器を持った3人の女性がサササと男性のそばにやってきて、突然高らかに歌い始めたのだ。

あっけにとられているうちに、酒を飲ませるフォーメーションはできあがっていた。何を歌っているかはわからないが「アーイー!アーイー!」という歌声とともに盃の酒が口に注がれる。よくわからないけれど、こんな場に遭遇すると人はカメラを構える。

暗い写真だが、奥のお誕生席のKさんにロックオン。思わずカメラを向ける我々。(撮影:2019年夏)

繰り返される「アーイー!」の意味を尋ねてみると、苗語で「飲ーめー!」という意味だという。だいぶ雰囲気は違うが、日本でいうところの飲み会コール「〇〇さんの、ちょっといいとこ見てみたい! ハイ、イッキ、イッキ」みたいなノリといえなくもない。

伝統的なコールはシチュエーションや民族によって違いがあるが、どの民族も「飲め」「飲もう」というフレーズが入るのは共通だ。国や民族が違えど、喜びや歓迎の意を表して酒を注ぐ気持ちは変わらない。なにより飲ませているときの小花苗族は本当に楽しそうで、断るとちょっと寂しそうな顔をする。

高山流水
こんなに嬉しそうに酒を飲ませる人もなかなかいない。(撮影:2019年夏)

酒はうるち米の醸造酒。淡いどぶろくのような色味と米の香ばしさがあり、日本酒よりは少し高めのアルコール度数がありそうだ。

酒の強い弱いを問わず、異国の地で少数民族の歌声を聞きながら酒を飲まされるこの体験は、同行の皆の思い出に残ったようで、私はツアーメンバーの忘年会で再現しようと、次の渡航でこっそり高山流水の酒器を入手した。もちろん、苗族式に「アーイー!」と言って酒を注ぎ、盛り上がったのは言うまでもない。

屋外のビジュアル系高山流水。

高山流水は実体験するのも楽しいが、安全地帯から見るだけなら、観光が楽しめる村に行くのも手だ。私のおすすめは、黔東南(貴州省東南部)の美しい苗寨(ミャオさい)のひとつである郎徳。ここでは村の広場で行われる踊りや笙の演奏の合間に、観光客参加型の高山流水が行われている。

ここで酒が飲める餌食、いや、ラッキーな人は観客の中から1名のみ。選ばれし者は広場の中央に座り、酒器を持った苗族の女性に囲まれて、ハーレム状態が体験できる。苗族がぴたっとフォーメーションを整えて酒を飲ませる様は、実に美麗で手慣れたもの。これぞ美しき酒責めプレイである。

老徳
踊りの中で登場する牛の角は、酒器としても使われている。(撮影:2018年秋)

水は低きに流れ、人は高きに集まる。

苗族の酒ときたら、拦路酒(Lánlùjiǔ|攔路酒|らんろしゅ)にも触れておかねばなるまい。多くの苗寨では、客人が村に入るときに地元の酒を振る舞うが、これを拦路酒という。下の写真は、さきほど「アーイー!」の嵐にあった小花苗族の小村。村人の老若男女が勢揃いして迎えてくれた。

青曼村
ひざ丈スカートが愛らしい小花苗族の拦路酒。歌と笙の演奏とともに迎えてくれる。(撮影:2019年秋)

また、前出の郎徳では、民族衣装に身を包んだ女性が牛の角や盃に入れた米酒を振る舞い、男性が笙を演奏して客人を迎えてくれる。村の入口は坂道になっているため、見上げるようにしてその光景を望んだときは、思わず「わぁぁぁ」と感嘆の声が漏れた。

郎徳
歓迎式が始まる前の郎徳。村人がわらわらと入口付近に集まり始める。(撮影:2018年秋)
郎徳
民族衣装を着て坂に並ぶさまは必見。老若男女が賑やかに出揃う。(撮影:2018年秋)
郎徳
澄んだ山の空気に笙の音が響く。(2018年秋撮影)
郎徳
牛の角の酒器を直接口元に持っていき、ぐいーと飲ませる。(撮影:2018年秋)

気になる酒の度数は、白酒ほど強くなく、日本酒よりはやや強い印象。ここの酒も、前出の薄いどぶろくのような、ほんのり白濁して甘さもある飲みやすいテイストだが、嬉しくなってすべての酒供給点で口にしていると、村に入るまでにだいぶ飲んでしまうことになる。

基本的に同じ盃でいろんな人に酒を振る舞うので、人によっては躊躇もあろう。しかしこの場に来たらやってみたくなるのが人の性というもの。階段を一歩一歩上がりながら、この先にどんな景色が待っているのかという期待も高まり、高揚した気持ちにさせてくれることは間違いない。

ちなみに酒を飲むときは、牛の角、盃、いずれの場合も客は自分の手でもってはいけないことになっている。もしその手が牛の角に触れた場合は、中の酒を全部飲み干さなければならない。

青曼村
食事を御馳走になった村では、盃で飲ませてくれた。(撮影:2019年夏)

しかし、この愛すべき文化もさすがに新型コロナでなくなってしまったのではないか…?

不安になって現地でガイドをしている貴州人に問い合わせてみたら「一時はやめていたが、今はもう復活しました。例年より観光客は少ないですが、こちらは少人数の旅行は8割ほど回復しています」と聞いて安心した(2020年1月5日の話)。客を歓迎し、吉祥如意を願う儀式だけに、疫病で消えてしまうような伝統ではなかったようだ。

黔東南の村におけるカスタマイズ宴会は、ある程度まとまった人数で、事前に村と交渉した上で体験している。小人数の会食で高山流水を体験したい場合、凯里市内の大型苗族レストランなどでやっているところがあるので、そちらを利用すると便利。

この記事の場所

貴州省雷山県郎徳上寨

サトタカ(佐藤貴子)

食と旅を中心としたコンテンツ企画、編集、執筆、監修、コーディネートなどを手掛ける。10代でフランス菓子の再現にハマり、20代後半で中華食材の多様性にハマり、30代で中国郷土料理の沼にハマる。中華がわかるウェブマガジン『80C(ハオチー)』ディレクター。中華圏を胃袋目線で旅する『ROUNDTABLE』主宰(当サイト)。東洋医学を胃袋で学ぶ『古月漢満堂』企画など。