貴州料理を語るのに、なくてはならない要素が「酸」だ。酸といっても酢の酸味ではない。発酵によって醸し出される酸味のことだ。
「酸」とは貴州において、単に「酸っぱい」という意味に加えて、作られた発酵食品も指している。「酸〇〇」とか「〇〇酸」といえば、発酵させた食材や調味料そのものであり、地域によってさまざまな「酸」がある。
貴州人の酸好きに関しては、こんな俗語まである。
「三天不吃酸,走路打蹿蹿」
三日間「酸」を食べないと足元がおぼつかなくなるという意味で、視点を変えればそれほど日々「酸」を食べているというわけだ。世の中には断酒や禁煙などあるが、発酵食品の「酸」を断っては健康を害する、たしかにそれも一理ある。
実際、胃袋目線で貴州を巡ると、それぞれの地域と民族に伝わる「酸」があり、それらを「うまみのもと」として料理に活用していることがわかる。
特に「酸」のある暮らしが根付いているのは、苗族(ミャオ族)、侗族(トン族)、布依族(プイ族)、水族(シュイ族)など、山深い土地に住む少数民族。彼らは家庭に発酵専用の壺を家に複数揃えており、郷土色あふれる「酸」を台所で育てている。
では、どのような「酸」があるのだろう。代表的なものを紹介しよう。
発酵トマト|紅酸(ホンスァン:红酸)
貴州発酵界のスーパースター!
現地で野生西紅柿(野生のトマト)と呼ばれているミニトマトの発酵食品。トマトは青臭くあまり甘くない、酸味のある味わいの毛辣角(マオラージャオ)という品種。唐辛子、生姜、大蒜、塩、酒などを加えてつくる。
代表的な料理は貴州料理の花形・紅酸湯(発酵トマトの鍋)で、川魚を煮込んだ鍋料理・酸湯魚(スァンタンユィ)が有名。牛肉、豚肉などの鍋料理にもなるほか、スープ入りの米粉(ミーフェン:米粉の麺)のトッピングに使われることもある。発酵させ、調理時に加熱することでトマトのうまみが増幅される。
地域:貴州全域(もともとは貴州東南から南でつくられていたものだが、名物になったため貴州各地で食べられる)
様相:鮮やかな赤色。漬け方によってテクスチャーは異なる
発酵させた米の炊き湯・とぎ汁|白酸(バイスァン)・米酸(ミースァン)
余韻の長い、縁の下の力持ち。
米のとぎ汁や、米を炊くときに水を多めに入れ、炊いている途中ですくい出した湯などを発酵させたものを白酸や米酸と呼ぶ。水の中に米の成分が細かに混ざり、白濁した汁を用いる。
火にかけるとほのかな米の香ばしさが立ち、あまり味わいがないようでいて、余韻の長いうまみがある。おもに東南部の少数民族の家庭で作られているほか、牛肉を煮込む専門の鍋料理店もある。
また、白酸になる前の汁を加えて漬物を仕込むことも。米食文化の貴州において、米を炊く副産物も縁の下の力持ち的な存在なのだ。
地域:どちらかというと東南部
様相:薄めの乳白色。サラリとした液状
発酵させた川の小エビの醤|蝦酸(シャースァン:虾酸)
濃厚なうまみを牛肉の調味に活用
川の小エビを発酵させた塩辛く濃厚な発酵食品で、魚醤のなかま。ふやけた米、塩、白酒、甘酒、焙煎唐辛子などを加えて桶などに詰めてつくる。
濃いうまみがあるが、できあがった蝦酸はそれほど蝦臭くない印象。食べるときは油を加え、炒めて調味料にしたり、湯を加えて鍋のもとにすることが多い。名物に蝦酸牛肉(牛肉と蝦酸の煮込み)がある。
地域:独山県など(貴州省黔南布依族苗族自治州)
様相:レンガのような赤茶色。ペースト状
発酵させた川の小魚|魚酸(ユィスァン:鱼酸)
肉にも野菜の煮込みにも。水族の万能調味料
小ぶりで新鮮な川魚の内臓を取り除き、焼き塩、酒醸(もち米を発酵させたもの)、青花椒、新鮮な赤唐辛子などと漬け込んだ発酵食品。20日ほど寝かせると、小魚が完全に溶けた調味料となり、鍋料理などに使える。
この「酸」は貴州省東南部、広西チワン族自治区北部などに住む少数民族、水族(シュイ族)に伝わるもの。彼らの居住地では、魚酸に用いる定番の魚種がある。こちらも魚醤のなかまだ。
地域:三都水族自治県など
様相:米粒の残るオレンジ色。液状。
発酵させた残ったおかず|臭酸(チョウスァン)
究極の家庭の味。
伝統的には肉の食べ残しを発酵させた「もったいない精神」の塊。甕の中で長年受け継がれた酸に、木姜子、肉、塩、小麦粉、豚の皮でとったスープを加えて壺の中で寝かせる。
壺から出した瞬間、臭酸の名にふさわしい強烈なにおいが鼻垂れるが、炒めて具とスープを加え、鍋料理にするといつしか臭いの角が取れ、不思議とごはんが進んでしまう。こちらも魚酸同様、水族の家庭に伝わる「酸」のひとつ。これを一緒に食べられるかどうかは何らかの試金石になりそうだ。
地域:三都水族自治県
様相:葉の繊維が残る灰黄緑
塩水発酵させた長尺のささげ|酸豇豆(スァンジャンドウ)
野菜の発酵食品は青菜、白菜、キャベツ、わらびなどいろいろあるが、ここでは代表的なものを2つ紹介しよう。
まずは、日本で十六ささげ、三尺ささげなどと呼ばれる長尺のささげを塩水に漬けて発酵させた酸豇豆(スァンジャンドウ)だ。
酸豇豆は貴州に限らず、西南地方全域で漬けられる家庭の漬物のひとつで、酸豆角(スァンドウジャオ)とも呼ばれる。
定番の調理法は、細かく刻んで豚挽肉と炒める酸豇豆炒肉末や、鶏の砂肝と炒める酸豇豆炒鶏肫。しっかりと漬けて発酵したささげは、塩味、うまみ、酸味を備えており、これと一緒に肉や内臓を炒めれば味が決まる。「具になる調味料」の決定版といえる。
地域:貴州省全域。中国西南地方一帯
様相:明るめの灰黄緑。野菜の形を残す
塩水発酵させた大根|酸萝卜(スァンロウボー:酸蘿蔔)
中国で酸萝卜(スァンロウボー)というと白色のものが多いが、貴州の場合、薄ピンク色の大根漬けをよく見る。色の由来は胭脂萝卜という紅色の皮の大根を漬けるからだが、地域や作り手によって、糟辣椒や紅酢などを用いるところもあるようだ。
味わいは、氷砂糖を加えているので甘じょっぱさがあり、鍋料理の付け合わせには定番。刻んでスープ入りの米粉(ミーフェン)のトッピングにしたり、蘸水(ジャンシュイ|つけだれ)に入ることもある。いつも主役のそばにいる、貴州料理の名脇役だ。
地域:興義市(黔西南布依族苗族自治州)が名物としており、大根漬け店が密集する「兴义市泡萝卜一条街」がある。鍋や麺の付け合わせとして貴州各地で食べられている。
様相:薄ピンク。野菜の形を残す
発酵させた米粉の麺|酸粉(スァンフェン)
貴州省では米粉(こめこ)の麺=米粉(ミーフェン)が朝ごはんや昼ごはんの定番。平麺と丸麺があるが、特に省都・貴陽市では、生地そのものを微発酵させた中太の酸粉(サンフェン)が親しまれている。ふつうの米粉よりほのかな酸味を帯びており、薬味と油辣椒(食べる辣油)などで和えた老素粉(ラオスーフェン)はおやつにも人気。牛スープで食べる牛肉酸粉などもある。
地域:貴陽市
様相:白。中太の米粉が多い
発酵わらび汁|腌湯(アンタン)
ほかにも、土地の方言を中国語に当てはめた「酸」な料理もある。発酵わらび鍋の記事でご紹介した腌湯(アンタン)だ。
腌は中国語で「漬ける(発音はイェン)」という意味だが、貴州省雷山県の苗族は「腌湯」という二文字で「わらびの発酵汁」という意味になるということを、現地に食べに行って初めて知った。
これは蕨、塩、この土地に伝わる井戸水を入れて乳酸発酵させた汁のこと。加熱して鍋にすると50m先まで臭う糞便臭がすごい。
専門書によると、青菜で作っても「腌湯」と呼ばれ、貴州東南部の侗族や苗族の家庭で作られているという。具は豚の大腸がベストマッチ。においと裏腹に食が進む。
地域:貴州省雷山県の苗族居住エリア
様相:乳白色にわらびが混ざる
発酵させたフナ|腌魚(イェンユィ:腌鱼)
腌湯と同じく「酸」という字はないものの、漬け込んで酸味とうまみを醸成させた腌魚もある。主に侗族(トン族)の食文化で、田んぼの中で泳いでいる「稲田魚」と呼ばれるフナを漬ける。
一緒に漬け込む材料は、もち米、塩、煳辣椒(フーラージャオ|焙煎唐辛子)、生姜、大蒜、花椒、米酒など。生食もできるが、侗族の村で、近年は煎り焼きにして提供することが多いそうだ。
腌は塩漬けをはじめ、多くは水分が少ない状態で漬けることを指し、肉を漬けて発酵させる酸肉もある。
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ちなみにこれらの「酸」が、貴州のどの地域でも食べられているかというと、そうではない。貴州省の面積は約17万6100㎢、国でいうとウルグアイと同等の面積に18の民族が暮らしているのだ。
気候風土と民族の違いによって、育まれる「酸」はさまざまであり、好まれる風味は異なる。そんな「酸」を巡って貴州を旅してみるのもいい。
2019年6月発売『中國紀行CKRM Vol.16 貴州—山岳民族の文化と発酵』で、紅酸、白酸、魚酸、臭酸について紹介しています。
2019年8月に『ニューヒナベパラダイスin貴州 TOUR2019』で紅酸、白酸、腌湯を食べ歩きました。
サトタカ(佐藤貴子)
食と旅を中心としたコンテンツ企画、編集、執筆、監修、コーディネートなどを手掛ける。10代でフランス菓子の再現にハマり、20代後半で中華食材の多様性にハマり、30代で中国郷土料理の沼にハマる。中華がわかるウェブマガジン『80C(ハオチー)』ディレクター。中華圏を胃袋目線で旅する『ROUNDTABLE』主宰(当サイト)。東洋医学を胃袋で学ぶ『古月漢満堂』企画など。