市場は、その土地特有の生きた博覧会のようなものだと思う。今その場所、その時期にしか見られないものが並んでいるからだ。
普段は乾物で流通しているものが、収穫の時期だけ生鮮品として出回っていたりすると、気分が上がる。
市場に並んでいる食材を見ながら、現地ではどんなふうに調理されるのか、想像するのもまた楽しい。
そんな市場で、以前から見てみたいと思っていたのが、生の木姜子(mù jiāng zǐ:ムージャンズ)。
クスノキ科の山蒼子(さんそうし)の実で、レモングラスのような芳香が爽やかだ。
木姜子(ムージャンズ)とは?
木姜子は、貴州省のなかでも黔東南(けんとうなん:貴州省東南部)に暮らす少数民族の料理で多用されている。
いろいろな用途があるが、代表的なものは、発酵トマトをベースにしてつくる鍋料理「紅酸湯(ホンスァンタン)」や、米のとぎ汁を発酵させてつくる鍋料理「白酸湯(バイスァンタン)」の香りづけだ。
植物系の乳酸発酵をベースとした鍋の中に、乾燥させた木姜子の粒を入れれば、軽やかですっきりとした風味がスープの中にふわぁと広がり、食欲に拍車がかかる。
また、貴州の鍋料理には蘸水(ジャンシュイ)と呼ばれるつけだれが欠かせないが、そこには木姜子を油に加工した木姜油(ムージャンヨウ)が大活躍。
蘸水(ジャンシュイ:つけだれ)は、香菜や小ねぎなどの香味野菜、煳辣椒(フーラージャオ:焙煎唐辛子)、腐乳などををベースに、鍋のスープを少々注いだもの。
そこに木姜油を一滴たらせば、たちまちフレッシュで爽やかな香りが立ちのぼり、食欲を加速させる。
おもしろいのは、貴州省のどこでも誰でも木姜を使っているのかというと、決してそうではないところだ。
貴州省北部、遵義出身の漢民族の友人曰く、彼らの食文化にはない食材であり、得意ではないとか。
貴州といっても日本の国土のおよそ半分の面積があるため、同じ省でもひとくくりにできない多様性が垣間見える。
初夏の楽しみ。生の木姜子を求めて市場巡り
さて、この木姜子(ムージャンズ)。油に加工した木姜油は貴州省の省都・貴陽市でも見られるが、原料となる木姜子は、生も乾物も、産地に近い市場でないとなかなかお目にかかれない。
主たる産地は黔東南(貴州省東南部)。写真は侗(トン)族が住む肇興村。ここでは初夏になると、生の木姜子が市場に並ぶ。
私はまだ、生の木姜子の料理は食べたことがないが、調べてみると木姜子拌辣椒(木姜子と生唐辛子の和え物)といったつまみ的な料理があるようだ。
ちなみにタイ北部のチェンマイの一部では、この木姜子をナムプリックにして食べるんだとか。チェンマイの雲南朝市に関する話は、姉妹のブログに詳しい。
木姜子と馬告。
また、木姜子は貴州省のおとなりの雲南省や重慶市でも使われている。手軽で簡単な使い方は、泡菜(漬物)の漬け汁に入れる方法だ。
台湾で収穫される馬告(mǎgào:マーガオ)も木姜子に極めて似た風味を持つ。
木姜子に限らず、中華圏では地域によって同じ食材でもいろんな呼び名があるため、これもまた木姜子の仲間だろう。
しかし、収穫される土地の気候風土が異なれば、ルーツは同じでも風味は異なるだろうし、木そのものの個体差もあると思う。そして地域が違えば、主な使い方も異なる。
個人的には、木姜子は油になっている方が使いやすく、用途が幅広いように思う。
野菜の冷菜、豆腐、鶏肉、魚料理など、ほんの少量で抜群の効果を発揮する。逆に言うと「過ぎたるは及ばざるが如し」で、使うときは少量に留めると失敗がない。
また、乾燥させた木姜子であれば、鍋、スープ、漬物に使える。挽いてそのまま使うむきもあるが、熱した油をかけるなどして熱を加えたほうが、その香りをより一層引き出せるだろう。
大量に収穫できるわけではないので、乾燥品はやや高価である。しかし油になると買い求めやすい価格で、なおかつ使いやすい。見かけたらぜひ入手してみてほしい食材のひとつだ。
サトタカ(佐藤貴子)
食と旅を中心としたコンテンツ企画、編集、執筆、監修、コーディネートなどを手掛ける。10代でフランス菓子の再現にハマり、20代後半で中華食材の多様性にハマり、30代で中国郷土料理の沼にハマる。中華がわかるウェブマガジン『80C(ハオチー)』ディレクター。中華圏を胃袋目線で旅する『ROUNDTABLE』主宰(当サイト)。東洋医学を胃袋で学ぶ『古月漢満堂』企画など。