<腐乳研究会> 九州の腐乳|台北の腐乳|貴州の腐乳|雲南の腐乳
アジア各地から持ち帰った腐乳を食べて語る「腐乳研究会」。今回は「椎葉村は日本の貴州?」というところから始まったわけだが、食べ慣れないものを食べていると、次第に口は〈ホームの味〉を求めるものである。
「日本=味噌漬け豆腐」「台湾=味噌・醤油・奈良漬けの香り」ときて、大陸の腐乳はどうなのか。真打ち、中国西南部の腐乳の登場である。
青菜に包んで発酵させる「翠叶腐乳」。
腐乳にもいろいろあるが、「これはまた食べたい!」と強く思った腐乳は、実はこれが初めて。貴州省凯里市に住む方からいただいた「翠叶腐乳」だ。
「翠叶腐乳」は、直訳すると「緑の葉の腐乳」という意味。豆腐を青菜でしっかりと包み、漬け汁に漬けて発酵させている。
食べるときは、帯を解くように、箸でコロコロと葉を開いていくと、マットベージュの腐乳があらわに。その穢れなき感じがたまらない上、漬けた葉までも味わい深い。ひとつで二度おいしいとはまさにこのことだ。
ちなみに、大陸の田舎の方の腐乳には、かなり臭いものも多い。以前、貴州省貴陽市の青岩古鎮で買った腐乳は、「指についたにおいがう〇こだよ」と言われたこともある。その有機的な風味が、体内に取り込まれると俄然旨みになってしまうんですけどね。
また、白菜に包んで発酵させた腐乳は、四川省や重慶市などでもよく見る。しかし、多くは油も一緒に漬けられていて、少々重たい。
一方、これは油を使っていない。匂いは臭すぎず、テクスチャーは極めて滑らか。なにより貴州鍋のつけダレにしてスープと一体化させたとき、味の骨格を品よく貴州味に変えてくれるところが気に入っている。
そんないつもの味を、皆で実食だ。
「やっぱり貴州ってどこか焙煎香のような、燻製みたいな香りがあるよね!」
マサラから意外なコメントがきた。
言われてみれば貴州人は焙煎香が好きだ。なぜかといえば、貴州料理には焙煎唐辛子粉・煳辣椒面(hú là jiāo miàn:フーラージャオミィェン)が欠かせない。
鍋のつけだれや前菜、肉を焼いた後の風味付けなどいろんな料理に使われるが、好みの焙煎香が選べるよう、店頭に複数の種類を置いているのは、中国広しといえども貴州省くらいではないだろうか。
朝食などで食べられる米粉(米粉の麺)にもあたり前のようにかけられているが、これを汁に入れると、ちょっと鰹節のような味わいが生まれることもある。
現地では、柴を燃やして炙るといい香りがつくとされ、それがウリのひとつにもなる。要は煙の燻し香がポイントなのだ。
また貴州には、生トマトも生の茄子も生の唐辛子も炭火で焼き、潰して和えものにしたり、つけだれに入れる食習慣もある。
そう思うと、腐乳がほのかな焙煎香をまとっていたところで、なんら不思議はない。腐乳の中に唐辛子が入っているが、それが焙煎唐辛子という可能性もある。あたり前のように食べていたので気づかなかった。
改めて、瓶の中の匂いをまじめに嗅いでみると、青菜を使っているからか、乳酸発酵させた高菜漬けにも似た香りがする。紅酸湯に合わせたとき、発酵トマトの爽やかさを邪魔しないのはそのせいかもしれない。
粗野じゃない、コクだけじゃない、どこか爽やかな風を吹かせてくれるのがこの腐乳の魅力だ。
仕込みは春節の前だけ。黔東南苗族侗族自治州・銀子坪の風土の味。
ちなみにこの「翠叶腐乳」。大変おいしかったので、これを持たせてくれた貴州省東南部の中心地、凱里市に在住のお姉さんに「どうやったら買えるの?」と尋ねたところ、こう返事がきた。
「凱里市のさらに山奥にある村で、春節(中国の旧正月。例年1月下旬~2月頭くらい)の前に年に1回仕込んでいるものなの。そのタイミングでその村に行かないと買えないんだよ」
いつでもどこでも買えるものではなかったのだ。
箱には「思州翠叶腐乳」、産地は岑巩县银子坪とある。
調べてみると、唐から宋の時代にかけて、この一帯は「思州」と呼ばれていた。今は名産の思州绿茶にその名を残すほか、思州古城もあるようだ。地図を見ると、世界遺産であり仏教の聖地・梵浄山のある銅仁市からも遠くない。
山深く、雲海の見える、水のきれいなところなんだろうなあ。ボール紙で作られたパッケージにも、山の風景が描かれている。いつか仕込みの風景を見てみたいものだ。
まだ見ぬ産地に想いを馳せると、この腐乳がより一層愛おしく感じるのだった。
このシリーズ続きます。次は雲南省、巍山小吃節で買った辣腐乳。
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この記事の場所
貴州省黔東南苗族侗族自治州岑鞏県銀子坪
2018年に世界自然遺産に登録された梵浄山は、この腐乳の産地から160km弱。2,000種類以上の植物(うち国家保護植物31種類)、ハイイロシシバナザルをはじめ、801種類の動物(うち国家保護動物19種類)の生命を繋いでいる。また、中国十仏教名山として、弥勒菩薩の聖地としても知られる。
サトタカ(佐藤貴子)
食と旅を中心としたコンテンツ企画、編集、執筆、監修、コーディネートなどを手掛ける。10代でフランス菓子の再現にハマり、20代後半で中華食材の多様性にハマり、30代で中国郷土料理の沼にハマる。中華がわかるウェブマガジン『80C(ハオチー)』ディレクター。中華圏を胃袋目線で旅する『ROUNDTABLE』主宰(当サイト)。東洋医学を胃袋で学ぶ『古月漢満堂』企画など。