
「豆豉って豆だったんだ!」と思える豆豆しさ、加熱した唐辛子の香り、菜種油のコク。それらと肉、野菜が一体になり、煮るほどに濃厚で強いうまみを醸し出す豆豉火鍋(とうちひなべ)は、中国貴州省北西部を中心とした郷土料理だ。
豆豉といっても、日本でも流通している黒い粒状のアレではない。貴州の豆豉は、端的にいうと干し納豆だ。

「納豆のねばりは苦手だが味はいける!」という人にとって、この豆豉火鍋は救世主のような料理だと思う。現に、納豆嫌いがこの火鍋をうまいうまいと食べるところを何度も見たし、なにより私自身、この火鍋体験が、貴州省の火鍋沼にハマるきっかけとなった。
そんな豆豉火鍋に魅了されて以来、ずっとやろうと思っていたことがあった。
貴州の豆豉を、水戸の干し納豆に変えて豆豉火鍋を作ったら、似たような味わいに持っていけるのだろうか?
それは納豆汁が当たり前に給食に出て、水戸の高校に通った身として、自然に湧き上がる発想であり、ミッションでもあった。もし貴州になかなか行けず、豆豉火鍋に欠かせないこの豆豉がなくなったとしても、水戸の干し納豆でこの味が作れるなら希望が持てる。

しかし、そんな心配は杞憂だった。なぜなら年に数回は貴州に行っていたし、行くたびに豆豉を1斤以上買っていたので、不足どころか常に潤沢。どのくらい潤沢かというと、豆豉保存のためにセラーを買ったほど。まあ、韓国のキムチ冷蔵庫みたいなものである。
また、貴州に頻繁に足を運んでいる間に、新小岩に「貴州火鍋」という店もオープンした。ここは貴州省遵義出身のお姐さんが営む貴州料理専門店。オーナーの林さんが作る豆豉火鍋も中華好きには知られるところで、外食環境も整った。
ところが新型コロナウイルスで状況は一変。いよいよ先送りにしていた課題に取り組むときが来たのだ。
水戸の干し納豆はつるん、貴州の干豆豉はざらり。
すでに干し納豆は何種類か取り寄せていたのだが、ひとつ驚いたことがある。アミノ酸(うまみ調味料)を添加している干し納豆が少なからずあるのだ。
これはちょっと意外ではあった。悪いとはいわないが、豆のうまみを増す発酵食品なのに、さらにうまみ調味料か…と思ったから。そこで今回はなるべく素材の味で勝負したく「おひさま干し納豆」を使うことにした。

「おひさま干し納豆」の材料は、国産大豆(遺伝子組み換えでない)、納豆菌、食塩(海水由来)。製造者の表記はなかったが、販売は日立市の「カネニ花田商店」。日立は高校の合気道部の恩師の居住地ということで、勝手に親近感がわく。
一方、貴州の干豆豉は野趣あふれる作り方だ。蒸した大豆を、現地でずばり豆豉叶(ドウチイェ:叶=葉の意味)と呼ばれる葉に包んで発酵させ、湿豆豉(すなわち納豆)を作ったあと、乾燥させて仕上げる。
納豆菌だけで純粋培養する納豆と異なり、これらはもっと土のような葉のような香りをまとう。臭いという人もいるが、クセになるとハマるやつである。

また、湿豆豉や干豆豉の多くは、農村で地場の大豆を使って作られる。思い返せば、貴州省東南部にある都匀市の市場では、1年寝かせた大豆と、新物の大豆でそれぞれ作って売っている人がいたし、貴陽郊外の青岩古鎮でも、土地の大豆で作っているというおばさんがいた。
中国全土に流通させるものでもないので、これといった規格もない。本当にローカルな食材なんですね。

貴州の食材を、日本の手近な食材にどう置き換えるか。
では、これを使ってどう豆豉火鍋を作るのかをご紹介しよう。
底料(鍋のもと)の基本的な材料は、干豆豉(ガンドウチ)、干豆豉をペースト状にしてさらに発酵させた豆豉粑(ドウチバ)、練り唐辛子の糍粑辣椒(ツーバーラージャオ)、菜種油、生姜、大蒜、塩、醤油、そしてスープ。
このなかで、日本で入手しづらい食材は干豆豉、豆豉粑、糍粑辣椒である。それぞれどの食材に置き換えたらいいだろうか。
◆干豆豉→干し納豆 豆豉粑→甜麺醤 or 八丁味噌
まず、主材料となる干豆豉は、前出の「おひさま干し納豆」だ。加えて、豆豉火鍋の味の輪郭を際立たせるものとして、豆豉粑(ドウチバ)がある。
豆豉粑は、一見「OGGI」のショコラ デ ショコラのようなビジュアルなのだが、口にすると濃厚な豆豉風味がある。それもそのはず、干豆豉をペースト状に潰して固め、さらに熟成させているからだ。

これが少量入れただけで、コク増し効果がすごい。そこで代替品として思い浮かんだのが八丁味噌だ。
八丁味噌は愛知県岡崎市八帖町で作られる赤味噌の一種で、長期熟成の豆味噌。カクキューとまるやの二社が製しており、いずれも江戸時代から続く老舗。原料も豆だし、ちょっとツンとした香りががあるところも似ている。
しかしいざ作ろうというとき、関東人の冷蔵庫に八丁味噌は常備されていない。そこで代打に立てたのが中華甘味噌、甜麺醤(てんめんじゃん)だ。
甜麺醤は麻婆豆腐に少量加えてコク出しなどにも使われており、今回の使い方と遠からず。すでにペースト状になっているところも手軽で、今回はユウキ食品のものを使った。

◆糍粑辣椒→唐辛子の麹漬け+辣醤
そして豆豉火鍋になくてはならない重要な食材が、辛みのもととなる糍粑辣椒(ツーバーラージャオ)だ。
糍粑辣椒は、乾燥唐辛子を水や湯で戻し、餅のように突いてペースト状にしたもの。貴州料理には欠かせない調味料で、生姜、にんにくを加えて炒めものや煮込みなどに幅広く使われている。

しかしこれを自作するとなると、唐辛子をたっぷり入手し、潰すところから始まるのでに骨が折れる。そこで今回は、熊本で買った唐辛子の麹漬けと、中華・高橋(小売だと古樹軒)の辣醤(ラージャン)を合わせて使うことにした。

なぜなら、唐辛子の麹漬けは、貴州の糟辣椒(ザオラージャオ)という発酵唐辛子に塩味を加えた味わいに似ている。現地にある食材に似ているものの方がなんとなく気分が出るというのがその理由だ。

一方、辣醤は唐辛子に塩を加えてペースト状にした調味料。豆板醤がそら豆や唐辛子、塩を用いて発酵させた“味噌”であるのに対し、こちらは唐辛子と塩というシンプルな作りだ。
ちなみに現地の豆豉火鍋は、糍粑辣椒をそこそこたっぷり入れてつくる。これは、貴州人が全般的に唐辛子に強いということもあるし、糍粑辣椒の原料として、あまり辛みがなく、うまみのある大方産の唐辛子がよく使われていることもあるだろう。
しかし、今回は茨城バージョンで使う唐辛子調味料に合わせて量を調整した。また、家にある糍粑辣椒が喉を刺す激辛タイプでもあった。結果的にかなり少なくなってしまったが、そこは試作ということでご理解いただきたい。
戻すとほぼ納豆!茨城の干し納豆と、ざらりとした貴州の干豆豉。
豆豉火鍋の作り方は家庭や店、地域によっていろいろあるが、今回は干豆豉を水で戻してから炒める方法で作る。なぜなら干豆豉を戻したときに、その豆豉の素質のようなものが浮き彫りになるからだ。

まずは「おひさま干し納豆」(写真左)。驚きでもあり、納得でもあったのは、これを戻すと見慣れた納豆そのものだったことだ。表面はつるんとしていて、このままパックに入っていたら納豆と勘違いしてもおかしくない。ただし粘りはない。

一方、貴州の干豆豉はひとクセある。原料となる大豆の品種の違いなのかなんなのか、戻すとその多くは、水の中で大豆の胚芽の部分が取れてくるものがあるのだ。
日本の納豆ではそんなものは意識せずに食べているが、これを見ると「ああ、豆ってこの部分があるよな」ということに気づかされる。

また、表面に白化したものがついていることも多く(カビではない。製造時、小麦粉や米粉などをまぶしている可能性もある)、戻しても表面がつるんとせず、ちょっとざらついた感じになる。
浸した水の水色(すいしょく)も、だいぶこちらのほうが黄土色に近い。カスもたくさん出る。匂いもこちらの方が野生的だ。そもそも葉に包んで発酵させているので、独特の草のような匂いがあるし、干豆豉そのものの個体差もある。まとめると、野生的な個性ある干し納豆が、貴州の干豆豉といえるだろう。

豆豉火鍋の作り方。
材料が揃ったところで、加熱調理にとりかかろう。まず、菜種油で香味野菜を炒めて香りが出たら、糍粑辣椒を加え、さらに炒めて香りを出す。茨城バージョンは、糍粑辣椒の替わりに唐辛子の麹漬けと辣醤を入れて炒める。

つぎに、貴州バージョンは水で戻しておいた干豆豉、茨城バージョンは戻した干し納豆の水気を切って鍋に加え、さらに炒める。
その際、貴州バージョンはさらに菜種油をさらに加え炒めていく。なぜなら貴州の干豆豉は、炒めていると鍋の中の油を吸って、鍋の中が乾いてきてしまうからだ。このプロセスは現地でも教わった。この“追い菜種油”が、最終的な鍋のうまみにもつながる。

一方茨城バージョンは、つるんとした豆なので、炒めてもそれほど鍋の中のコンディションが変わらなかった。そこで、鍋が油っぽくならないよう、今回は菜種油を入れずに進めることにした。

続いてコク増し調味料の投入だ。貴州バージョンは豆豉粑、茨城バージョンは甜麺醤を入れる。これを混ぜて炒めたら、底料(鍋のもと)のできあがりである。このまま保存しておくと、この風味の煮込みやスープがいろいろできる。

今回は鍋にするので、あとはスープで割ればいい。現地のスープはそれほど濃くはないが、しっかりコクのあるスープがとれれば、日本人好みの鍋スープができる。

最後に塩と醤油で味付けをしたら完成となるが、今回茨城バージョンは塩味がしっかり入っていたので調味はなし。なぜなら唐辛子の麹漬けも辣醤も甜麺醤も、しっかり塩分があるからだ。
言い換えると、茨城バージョンにこれ以上調味料を入れたら塩辛くなってしまう。個人的に、辛さ以上に身体が受け付けないのは塩辛さ。結果的に辛さ控えめに落ち着いた。

貴州豆豉火鍋と茨城干し納豆鍋食べ比べ。その結果は?
さあて、いよいよ食べ比べといこう。まず貴州バージョンは、いい意味で雑味がある。貴州干豆豉独特の草っぽい香りとスープに溶け込んだ豆のコク、炒めた糍粑辣椒の香ばしさ(これ重要)があり、口にすると貴州への想いが募る。
ただ、唐辛子の風味が足りず、豆豉メインの味になっているのは否めない。辛さではなく、唐辛子そのものの味だ。改めて、糍粑辣椒は豆類とは異なるうまみや香りを加え、鍋の風味を立体的にしていたのだと思った。

そんな私の気持ちをよそに、試食に付き合った夫は「やっぱり貴州の豆豉火鍋の方が味が完成されているな」とひと言。なるほど、この発言は貴州でも食べ、家でも食べ慣れている経験からだろう。
しかし私は「意外にも茨城バージョンもいけるじゃないか」と思っていた。雑味がないキレイな味わいで、鍋汁をスープのようにいつまでも飲み続けられるし、食用油が少ないので軽さもある。
ただ、豆とスープの一体感はあまりない。豆がつるんとしていて、納豆風味の水煮大豆のようだからだ。

また、茨城バージョンは唐辛子の麹漬けと甜麺醤を使っているためか、甘みと旨みが感じられた。
及第点は辛み。この辛さ増しは、唐辛子単体で作った辣油をかけるとよさそうだ。辣油は唐辛子を加熱して作るため、香ばしさも出すことができる。今回は甜麺醤で作ってみたが、八丁味噌を菜種油で溶くバージョンも試してみたくなった。
いずれにせよ、貴州の干豆豉と日本の干し納豆という違いだけでも、だいぶ鍋の風味は変わる。
実際、貴州省でも豆豉粑をメインに作る黔西(貴州の西の方の地域)の豆豉火鍋と、貴陽市内やその他の地域で作られる干豆豉メインの豆豉火鍋では味わいに大きな差がある。現地でも思ったことだが、地域、家、店、それぞれの味があるのだ。
ゆえに、日本の気候風土で味わうならこの路線もアリ。むしろ「茨城の家庭料理です」といっても通用しそうな感じがある。なんなら、これから茨城の新しい郷土料理にしてもいいかもしれない。そうなったら、ぜひ貴州人にも味わっていただきたい。
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サトタカ(佐藤貴子)
食と旅を中心としたエディター、ライター、コーディネーター。卒業後に携わった映像関連の仕事で、担当した映画監督が大の中華好きだった影響を受けて中華にハマる。独立後、中華食材専門商社のECサイト立ち上げと運営を通じて中華食材に精通。食をテーマにしたイベントの企画・運営や、雑誌、会報誌、ウェブ等で中華に関する執筆多数。中華がわかるウェブマガジン『80C(ハオチー)』ディレクター。東洋医学を胃袋で学ぶ「古月漢満堂』企画雑用係。