芽吹きの春は、山菜の季節。山深い貴州省もまた、山菜は日々のおかずであり、つまみでもある。
たとえば蕨もそのひとつ。ただ、日本とはだいぶ趣が違う。煎ったもち米や唐辛子と漬け込んだり、鍋にしたり、でんぷんに加工して、餅のようにして食べるのだ。
煎ったもち米で漬け込む腌蕨菜。
黔東南に位置する堂安村の侗(トン)族は、春に蕨を摘んで、漬けもの(腌蕨菜)をつくる。堂安村は人口約800人の小村。美しい棚田の景観を一望できる気持ちのよい場所だ。
山に埋もれ、左奥に小さく見える集落は、観光地としても有名な肇興侗寨(肇兴:zhao xing)。肇興から堂安までは約8km。1日に数本出ている路線バスがあるので、日帰り散策にちょうどいい。
村からの眺望はご覧の通り、見渡す限り棚田一色。水田に鯉を放ち、客人が来た時などに振る舞うのも堂安村の食文化だ。
ベストシーズンは6月前後。初夏に山の緑を吹き抜ける風は心地よく、山間の石畳を歩くのもわくわくする。
鳥の鳴き声。葉の揺れ重なる音。自然のかたちを保ちながら手入れされた集落の、なんと心地よいことか。
石の階段の往来は、山に暮らす少数民族にとっては日常だが、観光客にとっては非日常。地元の方に尋ねると、新幹線でアクセスのいい広州から来る人が多いというのもうなずける。
生薬は製造直売。近隣の山で収穫した野草や、薬になる樹木を店頭で刻むお姐さんも。少し開けた場所には、料理兼民宿もあって、食べるのにも困らない。
ここで民宿兼食堂を営む侗族の藍さんに、蕨の調理について尋ねてみると、ゆでて殺菌したのち、甕に入れ、煎ったもち米、塩、米酒、湯冷ましを入れて漬け込むのだという。
こうして漬け込んだ蕨は米の香りをまとい、1年近く保存できるそうだ。甕の中には煎ったもち米がぎっしり。この煎り米だけ食べてもおいしそう。
ちょうど1年前に漬けた蕨を試食させてもらうと、なんともいえないフルーティーな味わいがある。これぞ貴州人が愛する、乳酸醗酵による“酸”の風味。後味が軽く、調味料としても使える塩梅だ。
これを腊肉(ラーロウ:豚肉を干して燻製したもの)や、豚バラ肉と炒めものにすれば、たちまち黔東南(貴州東南部)のおかずができあがる。そもそも米と酒で仕込むというところで、米や酒に合わないわけがない。
蕨に発酵唐辛子のうまみや、水豆豉のコクを。
山を登り、さらに村の奥に住む侗族の民宿でも、蕨の調理について尋ねてみた。
この家では、ゆでて冷ました蕨を糟辣椒(ザオラージャオ:唐辛子を刻んで着けて発酵させた調味料)の甕に入れ、食べるときに取り出して、刻んでごはんのおかずにするという。
あまり長く甕に入れておくと、糟辣椒そのものの風味が変わってしまうため、漬ける日数は1週間程度。
漬け込んだ蕨は、唐辛子を乳酸発酵させたフルーティーさをまとい、辛さだけではない爽やかなうまみを抱くようになる。日数と漬け床こそ違えど、日本の糠漬けの発想にも近い。
ほかにも、ゆでた蕨を水豆豉、長ねぎと和えたものも凉拌菜(温かくない和えもの)の定番だ。
水豆豉は大豆を発酵させて作る、粘らない納豆のような風味の調味料。これなら日本でも納豆のぬめりを軽く落とし、アレンジできなくもない。
爪の中まで臭くなる、発酵蕨水の鍋。
蕨といえば、黔東南ミャオ族トン族自治州雷山県の郷土食、腌湯(腌汤|yān tāng|アンタン)も、忘れられない料理だ。
腌湯(アンタン)は、蕨に塩と井戸水を入れ、乳酸発酵させた汁のこと。そこにスープと牛の大腸や茄子などを入れて煮込んだ鍋料理として食べる。
これが植物性発酵食品でありながら、50メートル先まで異臭を漂わせるなかなかの“兵器”っぷり。食べ始めると、不思議と匂いが気にならなくなるのだが、店を出て、我に返ると爪の中まで臭くなっており、髪の毛や服にも匂いが付着。周囲の人間を困らせる。
清らかな山に生える蕨が、なぜこんなにも臭くなれるのか。詳しくは以前ご紹介した記事をご覧いただくとして、俺的貴州八大怪のひとつである。
日本は今が蕨の季節。年に一度だから、新たな蕨料理をやるなら今だ。今年はちょっと趣を変えて貴州風もいいんじゃないでしょうか。
この記事の場所
貴州省黔東南苗族侗族自治州黎平県堂安村
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2019年6月発売『中國紀行CKRM Vol.16 貴州 山岳民族の文化と発酵』p26~45で、貴州省東南部の少数民族に伝わる「酸」の発酵を詳しく紹介しています。
サトタカ(佐藤貴子)
食と旅を中心としたコンテンツ企画、編集、執筆、監修、コーディネートなどを手掛ける。10代でフランス菓子の再現にハマり、20代後半で中華食材の多様性にハマり、30代で中国郷土料理の沼にハマる。中華がわかるウェブマガジン『80C(ハオチー)』ディレクター。中華圏を胃袋目線で旅する『ROUNDTABLE』主宰(当サイト)。東洋医学を胃袋で学ぶ『古月漢満堂』企画など。